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子猫のろうと胸、治療します!

子猫さんの「ろうと胸」、それって本当に手術が必要ですか?

はじめに:「漏斗胸=手術」という思い込み

「うちの子、胸が凹んでいるんです」

生まれたばかりの子猫さんを迎えたばかりの飼い主さんから、そんなご相談をいただくことがあります。診断名は「漏斗胸(ろうと胸、英語ではpectus excavatum)」。胸の中央、みぞおちのあたりが内側に凹んでしまう病気です。

漏斗胸という言葉を聞くと、人間の医療のイメージが強く先行してしまいます。人では思春期以降に整形外科的な手術(バー挿入術など)で矯正するのが一般的で、そのイメージがそのまま「猫の漏斗胸も手術で治すもの」という思い込みにつながっているように感じます。

実際、獣医療の現場でも「漏斗胸と診断されたら、胸骨を吊り上げる外科手術が必要」という流れが、ほとんど検討の余地なく選択されていることが少なくありません。

しかし、私自身が生後0日から診察を続けたある子猫さんの経験は、この「思考停止的な手術第一選択」に一石を投じるものでした。今日はその症例をもとに、漏斗胸という病気ともう一歩深く向き合ってみたいと思います。

漏斗胸には、実は「タイプ」がある

まず知っていただきたいのは、猫さんの漏斗胸が一枚岩の病気ではないということです。大きく分けると、次の2つのタイプがあると考えられます。

① 先天性・構造性のタイプ

生まれつき胸骨や肋軟骨の成長そのものに異常があるケースです。バーミーズやベンガルといった特定の品種で発生しやすいことが知られており、遺伝的な素因が関与していると考えられています。この場合、胸郭そのものの「作り」に問題があるため、成長とともに自然に改善することは期待しにくく、心臓や肺を強く圧迫するような重度の症例では、外科的な整復が必要になることが多いタイプです。

② 呼吸器感染を契機とする、後天性・機能性のタイプ

一方で、生まれつき胸郭の「作り」自体には問題がなかったにもかかわらず、何らかのきっかけで胸骨が凹んでしまうタイプがあります。

子猫さんは生後数週間、母猫から受け継いだ移行抗体によって守られていますが、この移行抗体は生後1〜2ヶ月ごろに急速に減少していきます。ちょうどこの「免疫の谷間」の時期に呼吸器感染症にかかると、呼吸が苦しくなり、一生懸命に息を吸い込もうとします。

ここで問題になるのが、子猫のこの時期の肋軟骨は、まだ十分に石灰化しておらず非常に柔らかいということです。呼吸窮迫の状態が続くと、吸気のたびに生じる胸腔内の強い陰圧に、柔らかい胸骨・肋軟骨が耐えきれず、内側にたわむように陥没してしまう。これが、後天性タイプの漏斗胸の実体ではないかと私は考えています。

つまりこのタイプは、構造そのものの異常ではなく、「呼吸窮迫による物理的な力」が引き金となって二次的に生じる、拘束型換気障害としての漏斗胸です。

私が経験した症例:生後0日からの記録

この後天性タイプの存在を強く確信するに至ったのは、私自身が生後0日から診療を担当したある子猫さんの症例がきっかけでした。

その子は誕生直後から経過を追っていた患者さんで、移行抗体が減少する時期に呼吸器感染症を発症しました。呼吸は次第に苦しくなり、やがて瀕死といっていいほどの重度の呼吸困難に陥りました。同時に、胸骨の著明な陥没が進行していったのです。

このとき選択したのは、外科的な整復ではなく、酸素濃度30%の酸素室での管理でした。呼吸仕事量を少しでも軽減し、陰圧による胸骨への物理的な負荷を減らすことを目的とした治療です。

結果は劇的でした。酸素室管理を開始してから、呼吸困難は目に見えて改善していきました。そして興味深いことに、肋軟骨が石灰化して硬さを増してくる時期とリンクするように、少しずつルームエア(通常の空気環境)へと無事に移行することができたのです。

この経過を、私は詳細に記録し、学会発表の場でも報告しました。残念ながら、その本質的な価値を理解していただけたのは一部の先生方にとどまり、悔しい思いもしました。獣医療における呼吸器科は、人医療と比較するとまだまだ発展途上にある分野です。理解が広がりにくいのも、ある意味やむを得ないことなのかもしれません。

この症例が問いかけるもの

この経験が示しているのは、「胸骨を外科的に固定しなくても、呼吸窮迫という根本の負荷を取り除いてあげれば、成長とともに自然に改善しうる漏斗胸が存在する」という可能性です。

考えてみれば、これは理にかなっています。胸骨の陥没が「呼吸窮迫による陰圧」という物理的な力によって引き起こされたものであるならば、その力の発生源(呼吸器感染による呼吸仕事量の増大)を取り除き、かつ胸郭が自然に硬くなるまでの時間を稼いであげれば、体は自分で形を整えていく力を持っている、ということだからです。

にもかかわらず、「漏斗胸」という診断名がついた瞬間に、原疾患の見極めをすることなく外科手術へと進んでしまう流れがあるとすれば、それは呼吸窮迫という「引き金」を見過ごしたまま、結果としての「凹み」だけに対処しようとしていることになります。全身麻酔と侵襲を伴う手術を、本来は不要だったかもしれない子猫さんに施すことにもなりかねません。

もちろん、これは「漏斗胸の手術がすべて不要である」という主張ではありません。先天性・構造性のタイプ、特に胸郭全体の成長そのものに異常があり、心臓や肺への圧迫が進行性に悪化していくような重度の症例では、外科的な整復が今なお重要な選択肢であることに変わりはありません。

私が挑みたいのは、「漏斗胸と診断されたら、原疾患の見極めをせずに反射的に手術が選択されてしまう」という、思考停止的な診療の流れそのものです。

  • いつから凹みに気づいたか(出生時からか、途中からの発症か)
  • 呼吸器感染症など、呼吸窮迫を引き起こす原疾患の有無
  • 胸郭の硬さ(触診での可撓性の評価)
  • 全身状態や心肺機能への影響の程度

こうした見極めをきちんと行った上で、「この子は後天性・機能性のタイプかもしれない」と判断できるのであれば、まず酸素化と原疾患の治療によって、手術を回避できる可能性を探る価値は十分にあると、私は考えています。

飼い主さんへ:漏斗胸と言われても、まず落ち着いて

もし今、子猫さんが漏斗胸と診断されて不安を抱えていらっしゃる飼い主さんがいらっしゃったら、お伝えしたいことがあります。

漏斗胸という診断名だけで「うちの子は手術しないといけないんだ」と結論を急ぐ必要はありません。かかりつけの獣医師と一緒に、その子の漏斗胸がどのタイプに近いのか、呼吸状態や心臓への影響はどの程度か、じっくり見極めていくことがとても大切です。

こんな症状が見られたら、すぐに受診を

以下のような症状が見られる場合は、緊急性が高い可能性があります。様子を見ずに、すぐに動物病院を受診してください。

  • 口を開けて呼吸している(開口呼吸)
  • 舌や歯茎の色が青紫色になっている(チアノーゼ)
  • ぐったりして哺乳や食事をとらない
  • 胸の凹みが急速に進行している、または明らかに深い
  • 呼吸のたびに、お腹や胸が大きく波打つように動いている

これらは、酸素化の管理だけでは対応が難しく、より緊急性の高い処置が必要なサインかもしれません。迷わず専門医にご相談ください。


本記事は、獣医療における一般的な知見と、当院での臨床経験をもとにまとめたものです。漏斗胸の重症度や病態は個体差が大きく、治療方針は必ずかかりつけの獣医師と相談の上、決定してください。