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がんとがん治療に向き合う

がんとがん治療に向き合う

腫瘍シリーズ 第5回(最終回)

このシリーズを書きながら、ずっと頭の片隅にいた存在がいます。

作太郎。私が飼っていた柴犬です。

作太郎は、鼻腔型メラノーマという非常に珍しい悪性腫瘍を抱えていました。生前はその診断にたどり着けず、彼が旅立ったあとに、ようやく病名がわかりました。

獣医師として——気づけなかった。 飼い主として——守ってやれなかった。

その二重の後悔が、私に長い時間をかけて教えてくれたことがあります。それをこの最終回で、お伝えしたいと思います。


後悔は、愛情の証明である

ペットを亡くした後、多くの飼い主さんが口にする言葉があります。

「もっと早く気づいてあげればよかった」 「あの治療を選ばなければよかったのかな」 「最後のとき、そばにいてあげられなかった」 「もっとたくさん、散歩に連れて行けばよかった」

後悔の形は人それぞれですが、その根っこにあるものは同じです。「もっとよくしてあげたかった」という気持ち——つまり、それだけ深く愛していたということです。

後悔できるのは、真剣に向き合った人だけです。

何も考えず、何も感じず過ごしていた人は、後悔しません。あなたが後悔しているとすれば、それはあなたがその子のために、精一杯考え、悩み、選択し続けた証拠です。


「あのとき違う選択をしていたら」という問いについて

がんの治療過程では、飼い主さんは何度も選択を迫られます。手術をするか。抗がん剤を続けるか。緩和ケアに切り替えるか。そしてもし安楽死という選択が視野に入るなら、そのタイミングはいつか。

どの選択も、正解は最初からどこにも書いてありません。

医学的に見て「より良い選択肢」はあるかもしれない。でも、その選択をしたとき、あなたは手元にある情報の中で、その子への思いを精一杯込めて判断したはずです。後から「あのとき別の選択をしていれば」と思えるのは、時間が経って情報が増えたからです。あのときのあなたは、あのときにできる最善を尽くしていた。そのことを、どうか忘れないでください。

作太郎のことで言えば、私は今でも「気づいてあげられなかった」という思いが完全に消えたわけではありません。消えないまま、でもそれと折り合いをつけながら生きています。そして今は、あのとき私が感じた後悔の重さが、目の前の患者さんとその飼い主さんへの眼差しを、少しだけ変えてくれていると感じています。


旅立った子は、不幸ではなかった

ここで、私が診療の場で最も伝えたいと思っていること、でもなかなか言葉にできなかったことをお伝えします。

旅立ったその子は、不幸ではありませんでした。

がんを患っていたとしても、治療が途中で終わったとしても、最後まで家族のそばで過ごしたその子の生涯は、間違いなく幸せなものだったと私は信じています。

野生の動物は、病気になっても誰かに寄り添ってもらえません。痛みをこらえながら一人で、命が尽きるまで生き続けます。でも家族に愛された犬や猫は違います。具合が悪いときには抱き上げてもらえる。ごはんを工夫してもらえる。名前を呼んでもらえる。その手のぬくもりの中で、最後の時間を過ごすことができる。

それがどれほど恵まれたことか——動物たちの世界全体を見渡せば、それはほとんど奇跡に近いことです。

あなたの愛犬・愛猫は、あなたという家族に出会えた。それだけで、その子の生涯には意味がありました。


「後悔」「恨み」「自責」「虚無」——それぞれと、どう向き合うか

ペットを亡くした後に訪れる感情は、人によって異なります。よく見られる4つの感情と、それぞれへの向き合い方を整理しておきます。

後悔: 「あのときこうしていれば」という思考は、ループしやすいものです。でも先ほどお伝えしたように、あなたはあのときできる精一杯をしていた。後悔が浮かんだら「あのときの私は、この子のために一生懸命だった」という言葉に置き換えてみてください。

恨み: 「あの病院が悪かった」「もっと早く気づいてくれればよかった」という怒りが向かう先は、医療機関であることもあれば、自分以外の家族であることも、あるいは「がん」という病気そのものであることもあります。怒りはグリーフ(悲嘆)の自然な一部です。その感情を持つことは間違いではありません。ただ、怒りの中に長くとどまることは、あなた自身をすり減らします。怒りの奥にある「それだけ愛していた」という事実に、少しずつ目を向けてみてください。

自責: 自責はペットロスで最も多く、最も深く人を苦しめる感情です。特に日本では、「もっとできたはず」と自分を責め続ける傾向があります。しかし、自責の念が強いということは、それだけ真摯に向き合ってきたということ。完璧な飼い主も、完璧な医療も、この世には存在しません。「完璧ではなかったけれど、真剣だった」——それで十分です。

虚無: 何も感じなくなる時期が来ることもあります。悲しみを通り越して、ただ空っぽになる。これもグリーフの正常なプロセスです。無理に悲しもうとしなくていい。無理に立ち直ろうとしなくていい。虚無を感じているとき、あなたの心はそっと休んでいます。


ペットロスは「心の風邪」ではない

「いつまでも引きずっているのはおかしい」「たかがペットのことで」——そんな言葉を、周囲からかけられた経験がある方もいるかもしれません。

そうした言葉は、気にしなくていいです。

家族を亡くした悲しみに、大きいも小さいもありません。一緒に過ごした時間の長さと、心に刻まれた深さは、その人にしかわかりません。ペットロスの悲しみは、十分に、深く、正当な悲しみです。

ただ、長期にわたって日常生活が送れないほどの苦しさが続くようであれば、グリーフカウンセリングやペットロス専門の相談窓口を利用することも、自分を大切にする選択のひとつです。


がんと闘った時間は、無駄ではなかった

治療が思うようにいかなかったとしても、最後まで続けた治療が「苦しめるためのものだったのでは」と感じることがあるかもしれません。

でも、こう考えてみてください。

治療を続けた時間は、あなたとその子が一緒にいた時間です。動物病院に通った道のり、薬を飲ませるときに交わしたやりとり、具合が悪い日に添い寝した夜——それらはすべて、あなたとその子の物語の一部です。その時間の中に、その子はあなたの愛情をたっぷりと受け取っていました。

結果がどうであれ、その子はあなたと一緒に最後まで歩いた。それ以上に大切なことは、ないと思います。


最後に——このシリーズを書いた理由

このシリーズを通じて、がんという病気の仕組みから、治療の選択肢、緩和ケア、そして今回の「向き合い方」まで、できる限り正直にお伝えしてきました。

私が獣医師になって学んだことのひとつは、「死は医療の失敗ではない」ということです。命には終わりがあり、それはどんな医療をもってしても変えられません。私たちにできるのは、その命が輝いていた時間を少しでも長く、少しでも快適に支えることだけです。

そして飼い主さんにできることは——その子の傍にいて、名前を呼んで、愛し続けること。それだけで、十分すぎるほどです。

作太郎が教えてくれたこと、受け取ってくれてありがとうございます。


MiU動物病院 三浦・横須賀エリアのかかりつけ動物病院 がんに関すること、ペットロスのこと、気持ちの整理がつかないことも含めて、どうぞお気軽にご相談ください。あなたの話を聞かせてください。


▶ 腫瘍シリーズ 全5回、お読みいただきありがとうございました。

  • 第1回「がんってなんだ」
  • 第2回「抗がん剤——副作用を知る」
  • 第3回「がん治療のあれこれ——多様化する治療法」
  • 第4回「がん治療の行き着く先——緩和と介護」
  • 第5回「がんとがん治療に向き合う」(本記事)