横須賀三浦のワンちゃん猫さんの飼い主さん、こんにちわ。
久々の更新になりました。これまで重症患者さんに全力投球するあまりこちらに手を十分につけられずにおりました。時間がかかりすぎて申し訳ありません。
ここの部分はとても繊細なテーマを含んでいてもともと時間をかけて推敲を重ねるつもりでいました。ようやく完成したので時間の合間に一読していただければ幸いです。
がん治療の行き着く先——緩和と介護
腫瘍シリーズ 第4回

治療を続けながら、ふと気づく瞬間があります。
通院の回数が増えた。検査の数字をじっと見つめる時間が長くなった。愛犬・愛猫が検査台の上でじっとしている姿に、以前とは違う何かを感じるようになった——。
がんと向き合う時間が長くなると、飼い主さんにも、医療側にも、そして患者本人にも、少しずつ疲労が積み重なっていきます。「治す」という言葉が、いつの間にか「支える」という言葉に変わっていく頃のことです。
今回は、その「支える」時間をできるだけ穏やかに、その子らしく過ごすためにできることをお伝えします。緩和ケアと介護——これは諦めではなく、愛情の形が変わっていく時間です。
緩和ケアとは何か——「治すこと」と「支えること」は対立しない
「緩和ケア」という言葉に、「もう治療をやめる段階」というイメージを持つ方がいます。でも本来の意味はそうではありません。
緩和ケアとは、病気による痛みや苦しさを和らげ、その子が「その子らしく」過ごせる時間を守ることです。積極的な抗がん治療と並行して行われることもあれば、治療の主軸が変わった後に中心的な役割を担うこともあります。どちらの場合も、目指すものは同じ——「今この瞬間を、できるだけ快適に」ということです。
緩和ケアの中心には、まず痛みの管理があります。
痛みを「見えるようにする」——飼い主さんが気づける変化
犬猫は痛みを言葉で訴えることができません。しかも本能的に弱みを隠す性質があるため、かなり強い痛みがあっても「いつも通り」に見えてしまうことがあります。
だからこそ、小さな変化を読み取ることが大切です。
動作の変化:
- 以前より動きたがらない、立ち上がるのが遅くなった
- 段差を避けるようになった、抱き上げられるのを嫌がる
- 特定の部位を触られたときに身をすくめる、唸る
表情・行動の変化:
- じっとうずくまっている時間が増えた
- 食欲のムラが増えた(痛みが食欲を奪うことがあります)
- グルーミングをしなくなった(猫に特に多い変化です)
- 呼吸が速い、あるいは浅い
これらのサインに気づいたら、「様子を見よう」と思わずに担当の獣医師に伝えてください。現代の獣医療には、痛みを段階的にコントロールする手段が揃っています。
痛みのコントロール——「三段階のはしご」という考え方
痛みの管理には、世界保健機関(WHO)が提唱する「除痛ラダー(鎮痛のはしご)」という考え方が、動物医療でも応用されています。痛みの強さに応じて、薬を段階的に組み合わせていくイメージです。
軽い痛みの段階: NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が中心です。炎症を抑え、痛みを和らげます。がんに伴う慢性的な炎症への効果に加え、一部のがんでは腫瘍の進行を抑える可能性も研究されています。食欲の維持や活動性の回復にもつながることが多い薬です。
中程度の痛みの段階: トラマドール(弱オピオイド)やガバペンチンなどが加わります。ガバペンチンはもともと抗けいれん薬ですが、神経の痛みに特によく効き、緩やかな鎮静効果もあるため、不安が強い子の夜間の落ち着きにも寄与することがあります。
強い痛みの段階: フェンタニルパッチ(皮膚に貼るタイプ)やブプレノルフィンなどの強オピオイドが使われます。麻薬性鎮痛薬は「怖い薬」というイメージを持たれることがありますが、適切に使用された場合に依存性が問題になることは稀で、その子の苦しさを取り除くための大切な選択肢です。猫ではブプレノルフィンを歯茎に塗ることで投薬できるため、薬を飲ませにくい子にも使いやすい方法があります。
薬による痛みの管理は「完全に痛みがゼロになる」ことが目標ではなく、「その子が食べられて、眠れて、飼い主さんと穏やかな時間を過ごせる状態を保つこと」が目標です。
在宅介護でできること——日々の暮らしを「その子仕様」に整える
通院だけが介護ではありません。毎日の暮らしの中で、飼い主さんができることは思いのほかたくさんあります。
寝床と環境を整える
体力が落ちてくると、今まで何でもなかった段差や硬い床が負担になってきます。
- 低反発マットや厚めのベッドで関節への圧迫を減らす
- 段差にスロープやステップを設置して、ソファや窓辺など好きな場所に行きやすくする
- トイレを寝場所のそばに移動する(遠くまで歩けない子でも間に合うように)
- 温度管理に気を配る(体力が落ちると体温調節が難しくなります)
特に「圧迫創(いわゆる床ずれ)」には注意が必要です。長時間同じ姿勢で寝ている子では、骨が出た部分の皮膚が傷つきやすくなります。数時間ごとに体位を変えてあげること、マットを柔らかく清潔に保つことが予防になります。
食事の工夫——「食べてくれた」が今日の小さな喜びに
食欲が落ちてきた子への食事は、量よりも「何か食べてくれた」を大切にする時期です。
- 今まで食べなかった缶詰や手作りごはん、好物を試してみる
- 少量を温めて香りを立たせると食欲が出やすいことがあります
- 器の高さを変える(顎を下げるのがつらい子は食べにくいことがあります)
- 食べられなかった日を責めない——その子の今の精一杯を受け取る気持ちで
食欲がほぼなくなっても、水分は可能な限り摂れるよう工夫してあげてください。皮下点滴(動物病院でご家族が施術できるよう指導を受ける場合もあります)が助けになることもあります。
排泄のサポート
歩行が不安定になると、トイレへの移動やしゃがむ姿勢の維持が難しくなります。
- ペットシーツを広範囲に敷く
- 犬では排泄時に腰や腹部を支えてあげる
- 自力での排泄が難しくなった場合は、圧迫排尿・排便の方法を獣医師に指導してもらう
- オムツの使用も選択肢のひとつ(皮膚かぶれを防ぐため定期的な交換と清拭を)
排泄の失敗が増えても、絶対に叱らないでください。それはその子の意思ではなく、体が変化している証です。
スキンシップと「声」
何もできないと感じる瞬間があるかもしれません。でも飼い主さんの手のぬくもりと声は、何よりも強い安心感を与えます。
名前を呼びながらゆっくりと撫でる。横に座って話しかける。以前一緒に
過ごした場所に連れていってあげる。特別なことでなくていい。その子の傍に「いる」こと——それ自体がケアです。

「いつ、どこで」を考え始める——穏やかな準備のために
治療の軸が緩和ケアに移ってくると、飼い主さんの心の中にも、言葉にしにくい問いが浮かんでくることがあります。
「この子はどこで最期を迎えることになるんだろう」 「自宅で看取るのがいいのか、それとも……」 「そのとき私はどうすればいいのか」
これらは、考えてはいけないことではありません。むしろ、早めに考えておくことで、その子にとっても飼い主さんにとっても、より良い時間を選べる可能性が広がります。
自宅での看取りを希望する場合、往診対応の動物病院や、急変時の連絡先を事前に確認しておくと安心です。最期の時間を家族に囲まれた慣れた場所で迎えることは、その子にとって大きな意味を持つことがあります。
動物病院での看取りを選ぶ場合も、決して「家族に任せた」ということではありません。最後まで医療的なサポートを受けながら、苦しまずに旅立てる環境を選ぶことは、愛情の表れです。
どちらが正しいという答えはありません。その子と、その家族にとって何が一番いいかを、担当の獣医師と一緒に話し合っておくことが、何よりの準備です。
医療側と飼い主さんが「一緒に疲れている」ことについて
ここで少し、正直な話をさせてください。
がん治療が長くなると、飼い主さんも、医療スタッフも、みんなが疲れてきます。「もっとできることはないか」「本当にこれでよかったのか」「あのとき違う選択をしていたら」——そんな問いが浮かんでは消えることもあるでしょう。
治療の途中で、担当の先生に言いたいことが言えなくなる。動物病院に行くのがつらくなる。そういう気持ちが生まれてくることは、珍しくありません。
そんなときは、ぜひ正直に伝えてほしいのです。「最近、気持ちがついていかなくて」「今後のことを整理したい」——そういう言葉を受け取ることも、私たち獣医師の大切な仕事のひとつです。治療の方針だけでなく、飼い主さん自身の気持ちも、一緒に支えさせてください。
まとめ——「その子らしい時間」を守ることが、緩和ケアの本質
緩和ケアと介護の時間は、治療の「その後」ではなく、治療のひとつの形です。
痛みをとる。食べられる工夫をする。清潔に、温かく、安心できる環境を作る。そして、傍にいる。
これらはすべて、「その子が今日も、その子らしく過ごせるように」という思いから生まれるケアです。この時間を丁寧に過ごすことが、いつか来るお別れのときに「できることはやり切った」という静かな気持ちにつながっていきます。
次回(最終回)は「がんとがん治療に向き合う」と題して、病気そのものを超えた、もう少し大きな問いについて書きたいと思います。
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▶ 次回(最終回):腫瘍シリーズ第5回「がんとがん治療に向き合う」