顎のガクガクの正体は、ぐらついた奥歯でした ― 14歳トイプードルさんの診察日記

横須賀三浦の皆さんこんにちわ。暫くぶりのブログ更新になります。今日は、、、
診察室の日記より
昨日の症例
昨日、14歳・体重9kgのトイプードルさんが来院されました。
ご家族のお話では、お孫さんに踏まれてしまった後から、顎をガクガクと震わせるようになったとのこと。ただ、踏まれた瞬間を見ていた人は誰もいません。「本当に踏まれたのが原因なのか」すら、はっきりしないのです。
まず疑ったのは「神経」
顎の震えと聞いて、最初に頭に浮かんだのは神経の問題でした。
顎のガクガクは、次のような原因で起こりえます。
- 神経・筋肉の問題(顔面や咀嚼筋の異常、けいれん様の動きなど)
- 顎関節の痛みや外傷
- 寒さ、興奮、不安などの生理的・心理的な反応
- 消化器の不快感(吐き気など)
- 口の中の痛み
そこで神経学的な検査を進めましたが、ほかの部分も含めて、はっきりした異常は見つかりませんでした。
「様子を見ましょうか」でも、納得がいかなかった
飼い主さんからは「様子を見ようか」というお言葉もありました。ご家族の気持ちとして、とてもよくわかります。
けれど私は、どうしても腑に落ちませんでした。
- 「踏まれた」現場を誰も見ていない
- 14歳という高齢で、見逃したくない病気がいくつもある
- 症状がはっきりあるのに、説明がつく所見がない
そこで、診察の範囲を一歩ずつ広げていくことにしました。
見つかったのは、ぐらぐらの奥歯
口の中を丁寧に診ていくと、右上顎の第4前臼歯が外れかけて動揺していることがわかりました。
上顎第4前臼歯って、どんな歯?
上顎第4前臼歯は「裂肉歯(れつにくし)」と呼ばれる、犬の口の中でも大きく、咬む力が集中する重要な歯です。根も3本ある大きな歯で、咬む力の負担が大きい分、トラブルも多い歯でもあります。
- 歯が折れる(歯冠破折・歯冠歯根破折)ことが多い歯として知られています。大学の研究グループによる報告では、犬の歯の破折は有病率20〜27%程度とされ、上顎第4前臼歯の破折は、歯髄(歯の神経)が露出して痛みの原因になりやすいことが指摘されています(文献1)。
- 歯の根もとに膿がたまる「根尖膿瘍」の好発部位としても知られています(文献2)。
つまり、犬の口の中で「いちばん痛みの原因になりやすい歯のひとつ」なのです。
なぜ動揺していたのか
今回の歯が、なぜぐらついていたのかについては、正直に言えば断定できません。
- 歯周病が進行して、歯を支える骨が溶けていた
- 外からの力(踏まれた?)で歯が揺さぶられた
- 両方が重なっていた
可能性としては、このようなものが考えられます。3歳以上の犬の7〜8割は歯周病があるともいわれ(諸説あります)、14歳の子であれば、歯周病が背景にあっても不思議ではありません。「踏まれたこと」が引き金になったのか、たまたま重なっただけなのか。真相は、あの場にいた誰にもわからないままです。
意外だった「痛みの出方」
正直なところ、今回いちばん驚いたのはここです。
歯に違和感や痛みがあるとき、犬の行動として一般に語られるのは、次のようなものでした。
- よだれが増える
- 口や顔を触られるのを嫌がる
- 食欲が落ちる、硬いものを避ける
- 口臭、出血、口を気にして前足でこする
ところが今回の子は、こうしたサインがはっきりせず、「顎のガクガク」だけが目立っていました。
歯の痛みや違和感が、顎や咀嚼筋の不随意な動き(ガクガク、カチカチ)として現れることがある、という点は海外の獣医系の解説でも触れられています。私も知識としては頭の片隅にありましたが、これほど「それ一つ」で来院されるとは思っていませんでした。教科書どおりの症状だけを探していたら、見逃していたかもしれません。
処置と経過
動揺した歯は、そのままにしておいても元に戻ることはありません。痛みも続いてしまうため、すぐに鎮静をかけて抜歯を行いました。
結果、顎の震えは改善しました。
14歳という年齢でも、きちんと管理しながら処置を行えば、歯の治療で楽にしてあげることはできます。ご家族もほっとされた様子でした。
今回の学び
- 「神経かな?」と思う症状の裏に、お口の問題がかくれていることがある
- 「口の痛み=よだれ・食欲不振」とは限らない
- 原因がはっきりしない症状ほど、診察範囲を広げる価値がある
- 飼い主さんの「なんだか変」という感覚は、とても大切
「様子を見る」という選択肢が悪いわけではありません。ただ、今回のように、症状があるのに説明がつかないときは、もう一歩だけ踏み込んで確認することが、結果的にワンちゃんの痛みを早く取り除くことにつながりました。
こんなときは受診をおすすめします
あわてる必要はありませんが、次のようなときは、一度診察を受けてください。
- 顎や口まわりのガクガク・カチカチが繰り返し続く
- 食べにくそう、片側だけで噛む、硬いものを避ける
- よだれが増えた、口臭が強くなった
- 顔を触られるのを嫌がる、口を気にして足でこする
- 顔や目の下が腫れている
- ぼんやりする、ふらつく、けいれんのような動きがある(神経の病気のサインのこともあります)
寒いときや興奮したとき、においを嗅いだ後に一瞬カチカチするだけなら、心配のいらない場合も多くあります。「続くかどうか」「ほかのサインがあるかどうか」が見分けのポイントです。
おわりに
14歳のトイプードルさんが教えてくれたのは、「症状は教科書どおりには現れない」ということでした。
当院では、「なんとなく変」というご相談も大歓迎です。わからないことは、いっしょに確認していきましょう。
参考文献・情報源
- Soltero-Rivera M, et al. Fracture Limits of Maxillary Fourth Premolar Teeth in Domestic Dogs Under Applied Forces. Front Vet Sci. 2019;5:339. https://doi.org/10.3389/fvets.2018.00339
- 東京ドクターズ「犬の根尖膿瘍」 https://tokyo-doctors.com/condition/d843
- 東京ドクターズ「歯周病(犬)」 https://tokyo-doctors.com/condition/d555
- PetMD「Dog Teeth Chattering: Causes and What To Do」 https://petmd.com/dog/symptoms/dogs-and-teeth-chattering-what-you-need-know
- Kinship「Why Do My Dogs Teeth Chatter?」 https://www.kinship.com/uk/dog-health/why-dog-teeth-chatter
※個々の症状・症例によって対応は異なります。気になる症状があれば、かかりつけの動物病院にご相談ください。