横須賀三浦の皆さんこんにちわ。今日はシリーズ:獣医と飼い主のバイアス第5回です。診断は、決めたら終わりではありません。治療を始めたあとも、「この見立ては合っているか」を確かめる機会は、何度もあります。治療への反応は、診断の一部だからです。今回は、その途中で起こる偏りの話です。
水が、あまり抜けていない
第4回のチワワさんを思い出してください。肺水腫の再発だと思い込み、水を出す薬を使いました。翌日までに呼吸は安定しましたが、私には、水があまり抜けていないように感じられました。
この違和感は、これまでの肺水腫の治療経験と比べた、相対的な評価でした。翌日のレントゲンで、改善の具合が、いまひとつだったのです。
見立てが正しければ、反応はもっとはっきりしたはずです。違和感とは、予測と現実の、小さな食い違いのことです。
違和感は、とても小さなものです。言葉にしにくく、忙しさにまぎれて、流れてしまいやすい。「気のせいかな」で終わらせることも、できてしまいます。この夜は、たまたま別の患者さんのために用意していた薬が、手元にありました。
「待つ」ことも、治療の一部
作太郎のことも、思い出してください。血液検査とレントゲンで異常がなく、私は「そのうち回復するだろう」と考えました。回復を待つ。それも、一つの方針です。
ただ、待つときには、「いつまで待つか」「何が起きたら見立てを変えるか」を決めておかないと、待つことが、そのまま、見立てを疑わないことになってしまいます。作太郎の経過を振り返ると、私は、その「見直しのきっかけ」を、持っていなかったように思います。衰弱がじわじわと進み、鼻血が出るようになっても、「歯根尖膿瘍か鼻炎だろう」という最初の見立てから、離れられませんでした。
「良くなった」は、何を意味するのか
第3回の猫さんです。抗がん剤をやめ、内科の治療に切り替えたあと、体重が戻り、症状も良くなりました。私は、リンパ腫と誤診してしまったのかもしれない、と思いました。しかし、もしかすると、本当にリンパ腫だったのかもしれない、とも思いました。
良くなったことには、いくつもの意味があり得ます。見立てが間違っていた。見立てが合っていて、治療が効いた。あるいは、病気そのものの波だった。どれなのかは、経過を見ただけでは決められません。「良くなったから、これで合っていた」と読むのも、「良くなったから、見立てが違っていた」と読むのも、同じように危ういのです。
この猫さんが、その後どうなったか。それは、第6回でお話しします。
何が起きやすいのか
一つ目は、見立ての固定です。 治療を始めると、その見立てが、少しずつ「正解」になっていきます。反応が少しでも良ければ「当たっていた」と読み、反応が悪ければ「まだ時間が必要だ」と読む。どちらに転んでも、見立ては動きません。
二つ目は、あとから見える「合図」です。 結果が分かってから振り返ると、「あのとき、違和感があったはずだ」という合図が、はっきり見えます。これは後知恵バイアスです。でも、そのときの本人には、たくさんの情報の中の、小さな一つでした。合図を見逃した自分を、責めすぎる必要はありません。
三つ目は、言い出しにくさです。 飼い主さんの側にも、あります。「せっかく治療してもらっているのに」「先生に失礼かもしれない」。そう思うと、「思ったほど良くなっていない気がします」という言葉は、口に出しにくいものです。
偶然に頼らないために
チワワさんを助けたのは、違和感と、偶然の一本でした。偶然は、いつも来てくれるとは限りません。では、どうすればよいか。たとえば、治療を始めるときに、次の二つを決めておく方法があります。
- この治療で、何が、いつごろ起これば、見立てが合っていたと言えるか。
- 起こらなかったら、どうするか。
これは、獣医師だけの仕組みではありません。飼い主さんも、治療の最初に、「いつごろ、何が良くなる見込みですか」と聞くことができます。仕組みの話は、第7回で、もう一度まとめます。
飼い主さん向け 一言チェック
- 治療が始まるとき、「いつごろ、何が良くなる見込みですか」と聞いてみてください。
- 「思ったほど良くなっていない」と感じたら、具体的な変化(食欲、呼吸の様子、体重など)を添えて、獣医師に伝えてください。
- 良くなったときも、「良くなった理由は何だと考えられますか」と聞いてみてください。
次回予告
第6回は、直感が真実を言い当てるとき。猫さんのお話の続きです。